スタッフブログBlog

2023.06.01

レビュー

【物理】「100,000年後の安全」マイケル・マドセン

本書は「オンカロ」についてマイケル・マドセン監督が調査したドキュメンタリー映画を書籍化したもので、単に環境保護や原発の賛否を問う内容ではありません。オンカロの持つ意味について考えさせられる内容となっています。

本書の基本情報

発行   2011年10月

タイトル 100,000年後の安全

著者   マイケル・マドセン

解説   西尾漠, 澤井正子

目次

【映画編】

CHAPTER1 放射性廃棄物
CHAPTER2 中間貯蔵
CHAPTER3 恒久不変な解決法
CHAPTER4 人間の侵入
CHAPTER5 未来への警告
CHAPTER6 法律

【日本編】

CHAPTER7 未来へのメッセージ
核燃料サイクルとは
使用済み燃料の再処理(日本の場合)
高レベル放射性廃棄物の現状(日本の場合)
日本における階層処分
高レベル放射性廃棄物以外の廃棄物
原子力発電からの脱却は可能か)

【映画『100,000年後の安全』について】

映画について

デンマーク、フィンランド、スウェーデン、イタリアで作られた合作映画で、マイケル・マドセン監督が様々な立場の人たちにインタビューをして制作された作品です。以下は各映画祭における評価です。

パリ国際環境映画祭グランプリ / アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭最優秀グリーン・ドキュメンタリー賞受賞 /  コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭有望監督賞受賞

( いずれも2010年)

映画の初公開は2010年で、日本では2011年4月に上映されました。本来は同年秋の公開を予定していたのですが、福島第一原子力発電所の大事故を受け、4月に緊急公開されたのです。

【写真1】デンマーク生まれのマイケル・マドセン監督近影。祖国の美術大学や映画学校でも多くの講師歴を持っています。

オンカロについて

ご存知で無い方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。「オンカロ」はフィンランドが世界で初めて建設した高レベル放射性廃棄物の最終処分場です。フィンランドの西岸にあるオルキルオト島に建設されており、オルキルオト原子力発電所と併設されています。使用済み核燃料が排出されれば、すぐ近くにある最終処分場に運び、地下約500メートルの岩盤に埋設する事が出来ます。

使用済み核燃料の現実的な処分方法として、地層処分があります。地層処分とは高レベル放射性廃棄物を地下の地層に埋めて処分する方法です。この「オンカロ」も地層処分の方法を採用しています。地層処分をするには厳しい地層要件を満たさなければなりません。そう、この本のタイトルの由来となっている「100,000年後の安全」とは、使用済み核燃料を10万年もの間、安全に保管しなければならないということから来ています。フィンランドは地震が少なく安定している地層があります。この「オンカロ」が建設されているオルキルオト島の地層は、なんと18億年以上も安定している地層です。しかもそこは岩盤で出来ており、使用済み核燃料を保管するにはうってつけといったところでしょうか。

【写真2】オンカロの構造。出版当時は400mを超える深さまでが工事済みでした。まるで巨大なアリの巣穴のようですね。

フィンランド議会は、2001年5月にオルキオト地域を最終処分場として承認し、岩盤・地質調査、安全審査を経て建設に着手しました。本書が発行された2011年時点では2020年操業開始予定でしたが、2023年現在では2025年の操業開始を目指しています。完成すれば、約100年分の使用済み核燃料を保管する計画です。

約100年分保管できるとのことですが、100年経ったら次の保管先はどうするんだろうといろいろ考えてしまいます。その頃には原発に頼らずに自然エネルギーでの発電だけで自国の発電をしたり、技術革新が起こったりして、もっと効率的で環境に配慮した発電が出来る?ことを期待しているということでしょうか。

【写真3】水槽で放射性廃棄物を保管することの限界について触れたページ(p26)。それでは、地下に埋設することは安全なのでしょうか…?

「100,000年後の安全」の意味とは

使用済み核燃料の放射線は排出されて間もない物であれば、数十秒で人間が死に至るレベルです。1,000年ほどでほぼ放射能はなくなるとされますが、生命に影響を及ぼさないとされる天然ウラン鉱石並みのレベルになるまで数万年、またそのマージンをとって約10万年とされています。

【写真4】「放射能レベルが生物に無害になるまでには、最低10万年を要する。」(p16) 眼の前が暗くなるような途方もない長さです。

10万年は途方もない年数ですよね。ポスト・ヒューマン(人間以後)の建築物になるのではないかとのこと。歴史的な建物は後世に残すことを目的に作られる事が多いと思いますが、この「オンカロ」は合理的に物を保管出来ることを目的としています。後世に伝えるというより、この存在を忘れてほしいとすら本気で検討していたようです。

本書では、真の脅威は「人間の好奇心」であると書かれています(p104、マイケル・マドセン監督インタビュー「映画『100,000年後の安全』について」より)。つまり言語も図も理解できないような人類が現れたときにどうやって危険性を伝えるかです。危険を示すハザードシンボルをノルウェーの画家ムンクの「叫び」をモチーフにするなど意見があったようで、未来の人間に警告するメッセージについて試行錯誤している様子が伺えます。もちろんフィンランド政府は「オンカロ」の建設にあたって、未来の人間が掘り起こすことが無いよう、使用済み核燃料が満杯になる100年後には厳重に入り口を封鎖するとしています。

【写真5】オンカロの危険性を未来の人々に伝える術について様々な議論がなされています。二重三重に張り巡らされた危険を知らせるメッセージ。しかし、それが間違いなく伝わる保証は…ありません。

日本の最終処分場について

日本でも使用済み核燃料は地層処分が検討されていますが、まだ最終処分場は決まっていません。処分場の選定に向けた調査の前段階です。調査が始まって操業するまで何十年とかかります。前述したフィンランドでは、2001年に議会が承認されてから、2025年操業となると24年間の年月がかかっています。まだ時間的に余裕があるのかと思いますが、日本で最終処分場が決まるのかと心配になってしまいます。後述しますが、日本に適した場所が見つかるのか、また住民の賛同が得られるのか、難しい課題だと考えます。

 

また、最終処分場は決まっていませんが、青森県六ケ所村が使用済み核燃料の最終処理工場として建設されています。本書によれば1993年に建設が始まり、2012年に操業開始を予定していた(本書p82)とありますが、数十回に及ぶ延期がなされ建設は難航、現在では2024年と大幅に予定を繰り下げています。使用済み核燃料は高レベル放射性廃棄物と呼ばれ再処理することで、95%以上を燃料として再利用できます。また再処理した場合は再処理しない場合に比べ、1/4に廃棄物を減らすことができ、国土の狭い日本にとって廃棄物を小さくできるのは大きなメリットになると思います。日本の核燃料サイクルについて、本書では原子力発電の専門家の解説も加え、図を用いて丁寧に説明しています。

【写真6】使用済み燃料の再処理について、日本のケースをまとめたページ。各工程に危険がつきまとうことが良く分かります。

ところで、フィンランドと違い日本は地震大国です。真の脅威となるのが「人間の好奇心」ということについては触れましたが、日本では地震や津波、建物が自然現象によって破壊されるリスクが大きいと感じます。地盤がずれて使用済み核燃料の保管エリアを破壊してしまう恐れがあり、そこで漏れ出た放射能が地下水に入ってしまう事が容易に想像できます。

日本で安定した地層を探すとなると、原子力規制委員会が「40万年前以降に動いた地層」と活断層を定義、それを安全基準として考慮することとしています。つまり、40万年地殻変動がない場所が候補地となります。日本では比較的、西日本の地層が安定している場所が多く、佐賀県の玄海原発は特に地層が安定していると言われています。

しかし、安定した地層があってもまだ課題があります。議会の承認や地域住民の賛同を得るなど、各方面への説得です。アメリカ土砂漠地帯のユッカマウンテンは最終処分場の最適な建設地として計画されていました。広大な土地で人も少なく、放射線の被害が及ぶ影響が少ないとされていながらも、使用済み核燃料の輸送や保管による地下水や環境への悪影響が懸念され中止に追い込まれてしまいました。いくら安全と言われていても世間や地域住民に安心と思えるような説得がないと建設は難しいということです。

【写真7】ロシアによるウクライナ侵攻などの影響から世界的にも原子力発電政策の方針転換が続いています。実は、今こそ原子力発電のメリットとデメリットについて真剣に検討すべきときなのではないでしょうか?

終わりに

10万後世界がどうなっているか、真剣に考えなければならないことに大きな衝撃を受けました。そのようなことが本当に想像できるのかと。ちなみに現生人類とされるホモ・サピエンスの誕生は20〜30万年前で、人類の文明がスタートしたのはおよそ1万年前です。まだ文明が始まってから1万年しか経っていません。そのようなことを考えると10万年という歳月はとてつもない時間に思えます。

今、日本でも使用済み核燃料は排出され続けています。最終処分場は決まっておらず、再処理工場の完成も延期が続いています。

また原発に頼るのは各国の事情も大きく影響していると思います。資源がない国は他国からの輸入に頼っています。災害や戦争の有事の場合、不利益を被るのは資源のない国です。自然エネルギーでの発電を増やすのはもちろんですが、リスク管理としてバッファーを持つことは国の利益を確保する上では当然の選択と言えます。簡単に答えは出ない問題ですが、私達個人でも考え、議論を続けなければならないと思います。

本書が発行されたのは12年も前で、それから随分世界の経済事情や、政治状況などは変化した部分もあるかと思います。しかしながら、エネルギーと人間生活の営みの問題、それをどう維持していくかという問題提起自体は当時も今も、そして未来においても変わらない普遍的なものなのではないでしょうか。本書は上記のような問題について考えるきっかけを与えてくれる良書と言えると思います。是非、お手にとってみてください。

 

【ご購入はこちらから】