2024.03.01
レビュー
筆で描かれたウサギやカエルやサルが、水遊びをしていたり、相撲をとっていたり、時には追いかけられていたり…こんな動物たちの絵をどこかで見たことがありませんか?
この動物たちは、『鳥獣戯画』という古い絵巻に描かれています。平安時代から鎌倉時代に制作されたこの絵は、日本絵画史の一大傑作として高く評価されています。
また、今の私たちが見ても楽しさにあふれた作品であり、日本のマンガ・アニメ文化、キャラクター文化の源流として、現代でも大人気!ひとたび展覧会が開かれれば、数時間待ちの行列ができることもあるとか。
今回の記事は、この日本が世界に誇る絵巻物、国宝『鳥獣戯画』の魅力の一端を紹介していきます。
京都のお寺「高山寺」に伝わる『鳥獣戯画』は、今から800年ほど前の平安時代の終わりから鎌倉時代の初めごろにかけて段階的に描かれたと考えられている絵巻物です。
絵巻とは、横長の紙または絹に絵を描き、それを何枚もつなぎ合わせて軸に巻いた巻物です。『鳥獣戯画』は、全4巻からなる絵巻ですが、いつの時代にか集められ、整理されて4巻になったんだとか。それぞれ甲・乙・丙・丁巻と呼ばれています。甲巻と乙巻は動物の絵、丙巻は人間と動物の絵、丁巻は人間中心の絵が墨線のみで描かれていて、いずれも詞書という説明書きがないのが特徴です。
ちなみに『鳥獣戯画』の正式名称は『鳥獣人物戯画絵巻』です。昭和27年(1952)、国宝に指定された時に、一部の巻に人物も描かれていることからこの題名がつけられました。そもそも、『鳥獣戯画』という題名も明治時代につけられたもので、それ以前は「シャレ絵」(「戯れ絵」、おかしな絵)「獣物絵(じゅうぶつえ)」などと呼ばれていました。
『鳥獣戯画』は巻ごとに特色をもつ作品で、4巻すべて画風が異なります。
ではどのように違うのでしょうか。
『鳥獣戯画』の中で最も有名な甲巻。ウサギとサルの追いかけっこやウサギとカエルの相撲など、みなさんがよく知るウサギ、カエル、サルが登場するのがこの巻です。登場するほとんどの動物たちが、ゲームをしたり、祭りや法会(亡くなった人の供養や僧侶の説法などの仏事)を行ったり…、まるで人間のように生き生きと動き回る様が描かれています。
しかし、なかには擬人化されていない動物も…?この巻に登場する動物は、ウサギ、サル、カエル、シカ、キツネ、イノシシ、ネコ、ネズミ、キジ、イタチ、フクロウ(またはミミズク)の11種で平安時代によく見られた動物たちです。擬人化されていない動物を見つけるのも面白いですよ。
甲巻と同様に動物だけが描かれた巻です。しかし、甲巻とはがらりと雰囲気が変わって、乙巻には擬人化された動物は一切登場しません。
乙巻に登場する動物は全部で16種。大きく分けて、もともと日本に生息している身近な動物、外国に生息する動物、空想上の動物の3つのグループに分けられます。身近な動物はウマ、ウシ、タカ、イヌ、ニワトリ、ワシ、ハヤブサ。外国の動物は、ヒョウ、ヤギ、トラ、ゾウ。空想上の動物は、霊亀、麒麟、獅子、龍(青龍)、獏です。彼らの多くはつがいや親子として表現されています。実際にいる動物は11種類います。写真を並べて間違い探しをするのもおもしろいのではないでしょうか。
また、ウサギとサルとカエルをはじめとする甲巻に登場した動物たちがまるきり出てこないのが乙巻の特徴です。
丙巻の前半は人間中心の「人物戯画」。この絵巻で初めて人間が登場します。そして、後半は甲巻のように擬人化された動物を中心に描かれた「動物戯画」です。
人物戯画に描かれているのは、囲碁、すごろく、とりあわせ(闘鶏)、犬あわせ(闘犬)などを楽しむ人々。一方動物戯画には、くらべ馬、蹴鞠などの競技や験くらべ(仏教の修業をした者どうしの法力勝負)、祭りをおこなう動物たちが登場します。人間は庶民の間で流行った遊びや勝負事、動物は宮中で人気だった競技など、平安・鎌倉時代に大流行した勝負事や競技を楽しんでいるようです。
また、他の巻に比べて繊細な筆遣いに前半の絵に背景が描かれていないこと、表(人物戯画)と裏(動物戯画)に描かれていた絵をうすく2枚にはがして1巻の巻物にしたことも大きな特徴です。
最後の丁巻は、擬人化した動物が全く登場しない人物中心の「人物戯画」です。芸人、僧侶、武士、貴族、庶民など、さまざまな身分の人々が登場します。
絵巻は曲芸に始まり、修験者と僧侶の験くらべ、法会、流鏑馬(ウマを走らせながら的を射る競技)、田楽と続き、勝負事に挑む姿が多く描かれています。この巻にも平安・鎌倉時代に盛んに行われた競技や遊びの様子をうかがうことができます。
この絵巻の大きな特徴は、他の3巻にくらべて絵の線が太く、スピード感のある筆運びで線を引いていることです。この筆遣いが即興的ということがミソなんです。下手な人にはこれほどのスピード感では描けません。腕に覚えのある人がわざと崩して書いた、つまり名人のくずし書きかもしれないってことですね。
また、丁巻には思わず笑いたくなるような場面がたくさん登場します。例えば大木を大勢で賑やかに引く「木遣り」の場面は、力いっぱい引いた綱がぷっつりと切れてみんなでひっくり返り、大笑いしています。法会のシーンで一人だけ妙にリアルに描かれた貴族や、逃げるウシの顔など、クスっと笑いをさそうシーンがちりばめられています。
『鳥獣戯画』は、なぞに包まれた絵巻です。いつ誰が描いたのかという基本的なことはもちろん、誰が持っていたのか、なぜ色が塗られていないのかなど、分かっていないことがたくさんあります。昔からたくさんの学者がさまざまな推理をしていますが、正解は未だに見つかっていません。『鳥獣戯画』には普通の絵巻とちがって詞書という説明文がないので、描かれた絵から謎解きをするしかありません。
ここでは特に大きな2つの謎について触れておきます。
謎の1つは、この絵巻が何を描いたものなのか、ということです。単にウサギやサルたちを描いただけの絵なのか、それとも何か隠された意図があるのか、あるいは何のために描いたのか。明治時代以降、主に甲巻を対象として、多くの学者が挑戦し、今もなお謎解きを競い合っています。既に200本以上の論文が提出されていますが、主題についての定説はありません。
オーソドックスなところでは、貴族や僧侶を動物に喩えて風刺したというものから、安徳天皇など非業の死を遂げた人物の鎮魂のために制作された可能性を説く意見、寺院での子どもの教科書としての役割を果たしたのではないかなどさまざまな説があります。
2つ目の謎は、いつ、誰が描いたのか、あるいは誰が描かせたのかということです。
江戸時代、『鳥獣戯画』の作者は、バカげたおどけ絵「をこ絵」が得意だった平安時代の天台宗の僧・鳥羽僧正覚猷が描いたのではないかと言われていました。現在は、宮廷の絵師、または絵仏師が描いたという説が有力です。ただし、画風が異なっていたり、紙の質が違っていたり、年代にも幅があったりしているので、絵巻を描いた人物は複数人いると考えてよいでしょう。
みなさんもこのミステリアスな『鳥獣戯画』の謎解きにチャレンジしてみませんか?
何人もの腕利きの絵師が、長い時間をかけて描き継いだ、全長44メートルの物語。知れば知るほど謎が深まっていく不思議…。まるで底なし沼のようにどんどんハマっていきます。この記事を読んで少しでも気になった方は、まずは当店で取り扱っている鳥獣戯画に関する図録をぜひ手に取ってみてください。
図録『鳥獣戯画がやってきた! 国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌』は2007年にサントリー美術館の開館記念特別展の図録です。
「鳥獣戯画」四巻を中心に、分蔵される断簡、模本類といったそれぞれの系譜に連なる作品を紹介しているだけでなく、鳥獣戯画の謎に迫る研究成果も多数収録されています。論文解説と動物たちの筆使いを見比べながら、鳥獣戯画ワールドをご堪能いただけますよ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!