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2024.05.01

レビュー

部分を見れば、全体が見える。図録 『ジブリの立体建造物展』

 

 

2024年3月16日、ついにオープンしたジブリパーク新エリア「魔女の谷」。

魔女が登場するスタジオジブリの作品をイメージしたヨーロッパ風のエリアです。宮崎駿監督の『魔女の宅急便』(1989年)や『ハウルの動く城』(2004年)、宮崎吾郎監督の『アーヤと魔女』(2021年)に登場する建物や街並みを巡ることができます。

 

 

このビックニュースで印象的だったのが、オープン前に鈴木敏夫さん(スタジオジブリ・プロデューサー)が語った新エリアの魅力を語った言葉です。

 

建物が全て本物なんですよね。本物っていうのは本当の建物のこと。

吾郎くんが手がけたものは全て本物

(鈴木敏夫)

 

名作アニメで人々を魅了してきたスタジオジブリ。その世界を表現した「ジブリパーク」で見ることができる「本物の建物」とは何なのか。ジブリパークに行く前にちょっと予習していきませんか?

この記事では2014年〜2018年に開催された展覧会「ジブリの立体建造物展」の公式図録を片手にジブリの建造物の魅力の一端を紹介していきます。

 

 


細部にわたるこだわりがみせる

建造的リアリティ

 

あなたはジブリの建造物というとどんな建物を思い浮かべますか?

『千と千尋の神隠し』で八百万の神々が休息に訪れる湯屋「油屋」、『コクリコ坂から』に登場する高校の部室棟「カルチェラタン」、『となりのトトロ』でサツキとメイが暮らす「草壁家」、『天空の城ラピュタ』の空に浮かぶ城「ラピュタの建築と庭園」…ジブリ映画で思い浮かぶ建物や街並みはたくさんあります。その作品を特徴づける個性的な建物の魅力は、アニメーションの世界だけに留まるものではなく、どれも印象的で、どこかに実在していそうな存在感があるものばかりです。

 

ジブリのアニメーションに登場する建物には、他とは違う特徴があり、

現実的であると同時に空想的です。

(藤森昭信)

 

建築史家で建築家である藤森さんはそんなジブリの建造物について「現実的であると同時に空想的」と言います。

アニメーションでは画面に映るものすべての世界を描き出さなければなりません。しかし見方を買えれば理想を映し出せる装置と言えます。この中で空想された建物たち。ただし、ただの「空想」とは違います。

 

 

物語に登場する建造物は時代背景や世界観を伝える重要なアイテムのひとつです。なので、建物をデザインするときには、登場人物の生活や時代などの想定、検証が十二分に行われています。

 

 

たとえば『千と千尋の神隠し』の油屋も『ハウルの動く城』の城も、姿かたちは空想的なのに、間取りや構造や材料、細かい造りを見ると、お金と時間さえかければちゃんと出きる、そう思えるくらい現実的な建物なんです。建物は骨組みをしっかり意識して構造する。窓ひとつとっても、描くときに木枠があってそこにガラスがはまっているというような材質をしっかり描くことで、その建物にリアリティが生まれてきます。

 

家というのは、そこに住んでいる人間がどういう気持ちでそこに住んでいるかによって、

良い家かどうか、雰囲気が決まるような気がします。

(宮崎駿)

 

「建物に対する興味というよりは、建物の中に入っている人間のほうに興味がある」といった宮崎駿監督。その家に住んでいる人がどんな暮らしをしているかまで考えてデザインされた家には、言葉に表しようもないその家の独特の「匂い」まで再現されていそうです。

 

 

細部までこだわりぬいてデザインされた建造物。だからこそ、ジブリの建造物は映画の世界観とか登場人物の背景とかどういった住環境で育ってきた人たちなのか、そういう本編で直接語られることのなかった設定を裏付ける証拠となり、より物語の魅力を引き立てます。

 

 

ジブリ作品には作中では語られることのない設定のヒントが随所にちりばめられています。建物もその一つ。次にジブリ作品を見ることがあれば、建物に注目して見てください。新たな発見があるかもしれませんよ。

 


ジブリの建造物の世界へ

ジブリの建造物の魅力を軽く語ったところで、ここからはジブリの建造物の中から特に印象的な2つの建物について紹介していきましょう。

 

― サツキとメイの家(となりのトトロ) ―

 

ジブリパーク建設のきっかけになった2005年の「愛・地球博(愛知万博)」で再現・展示された「サツキとメイの家」。実寸大の細部までこだわった、昭和30年代にあったであろう家屋の再現です。アニメの設定から「本当に人が暮らせる家」が出来たというのだからやっぱりすごいですよね。かまども五右衛門風呂も本物で、実際に煮炊きもできるし、お風呂にも入れるそうですよ。

 

 

ジブリ屈指の人気作品『となりのトトロ』に出てくる、サツキとメイが暮らす赤い屋根が印象的な草壁家は昭和初期のちょっとおしゃれなサラリーマンの家。家屋の構成は和館と洋館がくっついた和洋併置式の住宅。明治以降に成立したスタイルです。

 

 

昔はこのような日本家屋と洋間を繋げた家は東京の郊外の住宅地には点々と見られたそうです。母屋は農村になじむ和風家屋、台所は土間になっているし、窓は昔ながらの雨戸とガラス戸、障子が3点セットになっています。増築部は真っ白な木板を重ねた外壁に赤いトタン板の屋根というシンプルな洋館です。もちろん都市ガスはなく、電化製品も電灯やランプくらいです。

 

実は、あの家はまだ未完成、全部出来上がってはいない家なんです。

庭にしても、ちゃんと作らないうちに、家が用なしになってしまった……

ようするに、病人が死んでしまった家なんです。

(宮崎駿)

 

……この家にはなにやら裏設定がありそうですね。

 


― 動く城(ハウルの動く城) 

「鈴木さん、これ、お城に見える?」そう言われた日のことを印象深く憶えている。

宮さんは、まず、大砲を描き始めた。これが、生き物の大きな目に見えた。

つぎに、西洋風の小屋とかバルコニーを、さらに大きな口めいたモノを、あげくに舌まで付け加えた。最後は、大きな滑車など、機械的なモノを。

(鈴木敏夫)

 

イケメン魔法使いと帽子屋の少女ソフィーの恋物語として有名な映画『ハウルの動く城』。原作はダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー小説『魔法使いハウルと火の悪魔』(徳間書店)です。映画と原作の相違点はいくつかありますが、ここで注目したい違いはやっぱり「城」。

映画タイトルにもその名を冠している「動く城」は、原作だとカルシファーの魔法で低空飛行しており、魔法で崩れないように保っている見掛け倒しのもの。居住空間はこの城の中にはありません。外観も西洋の城って感じで、映画のスチームパンク風のデザインかつ歩く城というのは映画化する際の大きな変更点のひとつです。この歩く城はビジュアル面でもすごいインパクトがありましたよね。

 

 

映画は日本の明治維新頃にフランスで活躍したカリカチュアの画家・ロビダが描いた近未来空想画に、多くのヒントを得て舞台がつくられました。19世紀後半に空想された魔法も化学も混在する機械文明社会。原作は魔法が存在する昔話風の世界なので、この舞台の違いが城の外観に大きく反映したのではないでしょうか。

 

ジブリ作品に出てくる建物のなかで、個人的に一番すごいと思ったのはハウルの城です。

歩いたり、空を飛んだりする建築。

やられたというか、負けたというか、僕もこうした建物をつくってみたい。

(藤森昭信)

 

藤森さん曰く、ハウルの城は構造的に成り立ちますし、鉄単結晶というすごく強度のある鉄を使えば4本の脚で立つことも可能だと言います(ただし、歩かせたり、空を飛ばせたりするのは難しいですが…そこはやっぱり魔法の力。カルシファーがいないと動きませんね)。そうして再現されたジブリパークのハウルの動く城。いつか実際に見てみたいものです。

 

 

 


まとめ

 

いかがでしたか?この記事では「ジブリの立体建造物展」の公式図録を片手に、ジブリの建造物の魅力の一端を紹介しました。

「ジブリの立体建造物展」は2014年に江戸東京たてもの園からスタートし、その後、2018年に会期終了するまで全国を巡回した展覧会です。『風の谷のナウシカ』から『思い出のマーニー』までの手書きのイメージボードや立体模型として再現されたジブリの代表的な建造物が展示されていました。

 

 

今回参考にした図録『ジブリの立体建造物展』はこの展覧会の公式図録です。『風の谷のナウシカ』の風の谷の建物や腐海、『ハウルの動く城』の街と城、『魔女の宅急便』のキキの家、『もののけ姫』のタタラ場の建物、『となりのトトロ』の草壁家やトトロの巣穴など、19作品の代表的な建造物の背景画や美術ボード、美術設定などの図版・約380点とともに、建築家・藤森照信氏や宮﨑駿監督の解説がつくという豪華仕様です。

 

 

この記事を読んで、サツキとメイの家の裏設定の話とかジブリの建造物について少しでも気になった!という方はぜひ当店の図録を手に取ってみてください。(当店で取り扱っているのは旧図録版になります。復刻版も出版されていますが、内容は変わりません。)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!