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2025.02.07

レビュー

図録 荒木飛呂彦原画展「JOJO」-冒険の波紋-

 

『ジョジョの奇妙な冒険』。

1986年から現在に至るまで連載され続けている少年マンガです。

 

 

累計発行部数は1億2000万部を超え、

ドラマ化・映画化といったメディアミックス展開も華々しい、人気作品です。

ジョジョシリーズの特徴の一つとして、芸術性の高さが挙げられます。

 

 

アートシーンからの注目も高く、

ハイブランドとのコラボレーションも行われています。

特に、かのルーブル美術館からオファーを受けたマンガはそう多くないでしょう。

 

 

今回は作品内の「絵」に注目しながら、その魅力を探っていきましょう。

 


<変化する絵>

絵について説明する上で必要不可欠であるため、

ストーリーの概要を説明しておきましょう。

 

端的にいうと、ジョースター家の人々が敵と戦いながら、自分の人生や生活における壁を乗り越えていくという、作者の言葉を借りるならば「人間讃歌」をテーマとした作品です。

 

 

物語は主人公や舞台を変えながら進んでおり、現在、第9部が連載されています。30年以上に渡る長期連載の間、絵のテイストも時代の変化とともに大きく変わっています。

連載当初の絵を見てみると、当時人気であった劇画調であることが分かります。

 

 

メインとなる男性キャラクターの大半は筋骨隆々、陰影を付けて描かれており、まさに少年マンガの王道といった風情です。

背景の建物や小物に関しても書き込みやベタ塗りが多いため、画面全体に黒さが目立つことが見てとれるでしょう。

 

 

そのような絵に大きな変化が現れるのが第3部なのですが、この変化は、ストーリーの骨幹に影響を受けたものと考えられます。

 

物語の骨幹はバトルものなのですが、当時、それは回を重ねるごとに強さのインフレが避けられず、話が単調になりやすくなるとも捉えられていました。

そこで作者が新たに生み出したアイデアが「スタンド」です。

 

 

キャラクターに合わせたスタンドという特殊能力が発生し、それを使って戦うようになるのです。

これにより、シンプルな力の強さ・素早さだけではなく、自分のスタンドを生かし、相手の弱点をいかに突くかといった頭脳戦・心理戦を展開することができるようになりました。

 

 

この変化に合わせ、絵に対する書き込みの量やベタ塗りが減り、画面が読む側に与える印象が変わっていきます。

 

 

この傾向がさらに強まるのが第4部です。

スタンドは「傷を治す」「相手の過去を知り行動を縛ることができる」などバリエーションが増え、体格が小さかったり、女性だったり、特別強そうには見えないキャラクターが物語のメインになる回が増えていきます。

 

 

また、それまではイギリス・エジプトといった遠い外国で戦いを繰り広げていたのですが、第4部で初めて、日本の地方都市が舞台に選ばれました。

 

 

学生服・駅前・ポスト・電信柱…読者にとって身近な日常生活が描かれるようになり、キャラクター・背景ともに、あえて立体感をおさえた、マットな印象が強くなっていきます。

第5部では、再び舞台が海外へ移ります。

 

 

描かれているのはイタリアマフィアの世界ですが、スタンドはさらに発展し、アイデアがものをいうバトルが中心になり、登場人物たちはみな顔が小さく、等身が高く、スタンド名の由来となっているミュージシャンたちのように、ファッショナブルで細身です。

 

アメリカの刑務所から物語が始まる第6部では、キャラクターの顔の描き方が大きく変わります。

 

 

第6部では初めて女性が主人公となり、敵と戦います。殴る蹴るといった行動はもちろんのこと、ダメージを受ければ血や汗を流す「人間」として存在しています。

それに合わせてイラストも、それまでのものに比べて瞳が小さくなり、鼻の穴が明確に描かれ、唇に厚みが出る、斜線の影が多用されるなど写実性が高まり、本物の人間に近いタッチに変化しています。

 

 

この後、物語は第7部、8部、9部…と続きますが、「ジョジョシリーズの絵」としてはこのあたりで完成しているように感じられます。

絵は、連載を重ねることで自然に変化していくものではありますが、本作は世界中を巡って敵と戦いを繰り広げるものから、日常の謎に迫るものまで、内容の振り幅が広い作品です。

 

 

その舞台や物語の内容、雰囲気などに合わせ、質感やタッチを意図的に演出している部分も大きいようです。

 


<構図のバリエーション>

漫画において重要な役割を示す「コマ割り」も、話の内容によって変化していきます。

「日常における奇妙な世界」が描かれる第4部では、変形コマ(紙に対して垂直・水平ではないコマ)を使うことで、得体の知れない不安を演出しています。

 

 

逆に、広大なアメリカ大陸を馬で駆け抜けていく第7部では、断ち切りコマ(コマとコマの間に空白を入れない)を使用することで、画面の広がりや爽快感を演出する手法が使われています。

ほか、他のマンガではあまり見られない「円形コマ」が使用されているのもジョジョシリーズの特徴です。基本的に直線でコマが区切られる原稿の中で、正円のコマはかなり目立ちます。本作品の「異質さ」「奇妙さ」をよく表している象徴ともいえるでしょう。

 

扉絵やコミックスの表紙など一枚絵の構図に関しても、作品ごとの違いが見られます。

初期はキャラクター1人が単独で描かれたイラストが目立ちますが、部が進むにつれ、複数のキャラクターがポーズを取り、バランスよく配置されたイラストが増えていきます。

 

 

第7部あたりになると、キャラクターはあくまで画面を構成する要素の一つとなり、背景や余白を大きく取った、デザイン性の高い絵画のようなイラストも少なくありません。

 


<不均衡なポーズ>

ここからは、シリーズの絵柄が、西洋美術から受けている影響についてお話していきます。

ジョジョについて語られるとき、必ずといってよいほど話題に挙がるのが「ジョジョ立ち」です。

 

主に扉絵などの1枚絵や決めのコマに見られる立ち姿ですが、手足の長いキャラクターたちが、腕や腰、膝や手首、足首などの関節を極端にねじり、人体のつくりとしては不自然なポーズを取っているのが特徴的です。

静止画でありつつ躍動感が感じられるこのポージングは、ファッション誌やハイブランドの広告などを参考にしているといわれていますが、美術的な観点からは「マニエリスム」などとの共通点を指摘されることもあります。

 

マニエリスムとは盛期ルネサンス後に現れた傾向ですが、端的にいうと、極端な誇張や捻れた人体表現が特徴であり、まさにジョジョ立ちと共通するものです。

 

特に強い影響が感じられる芸術家として、ミケランジェロの名前を挙げておきましょう。

 

彫刻・絵画・建築など幅広いジャンルで傑作を残した巨匠ですが、彫刻作品「ピエタ」や「眠れる奴隷」そのもののポージングが、シリーズのスピンオフ作品の中で見ることができます。

 

キャラクターの肉体が、連載初期の筋骨隆々な体型からスレンダーな体型に変化していったジョジョシリーズですが、この特徴的なポージングにより、見る側に強いインパクトを与え続けることができているのでしょう。

 

 

 


<感性による色彩>

続いて、色彩についてみていきましょう。

作品がアニメ化される際、アニメーターからキャラクターの色彩設定について聞かれたところ、作者は「ジョジョにはそういった決まりはない」と答えたそうです。

 

 

実際、キャラクターの髪や瞳、唇の色は、その時々でさまざまな色に塗られています。一般的に赤系統だと考えられる唇も、絵によって紫であったり、緑であったりしますが、絵全体として違和感はありません。

ジョジョシリーズの場合、知識や常識、視覚ではなく、「その絵にとって何色がふさわしいか」という観点で色が塗られているように感じられます。

 

このような独自の色彩感覚について作者に影響を与えたのが、モーリス・ドニです。

ドニの画集を初めてみたとき、本来、茶色いはずの地面がオレンジや紫で塗られていることに衝撃を受けた、と作者は語っています。

ジョジョのイラストもやはり、地面や空は「実際とは違う色」で自由に塗られており、アート性を高めています。

また、作者が特に好きな組み合わせとして言及しているのが、「水色とピンク」というカラーリングです。

 

 

コミックスの表紙や個展のキービジュアルなどによく使われているのですが、ドニの家族を描いた絵『バルコニーの子どもたち、ヴェニスにて』を見てみると、グリーンがかった水色と薔薇色が美しく、発表当時さほど評価されなかったといわれるこの絵に、作者が強い魅力を感じていることがよく分かります。

 


<アートシーンとのコラボレーション>

独自のポージング・色彩感覚に支えられたイラストは高い評価を受け、さまざまな形でのコラボレーションを生んでいます。

特に話題となったのが、ルーブル美術館からバンド・デシネプロジェクトの一環として依頼され、2009年に発表された『岸辺露伴 ルーブルへ行く』です。

 

全てのページがカラーで描かれた豪華な作品ですが、先述した水色とピンクの表紙、ミケランジェロのポージングなど、美術への敬意が随所に溢れ、シリーズのビジュアル面における魅力が堪能できます。

2011年にはファッション雑誌「SPUR」からオファーを受け、『岸辺露伴 グッチへ行く』を発表します。

 

イタリアを舞台に、登場人物たちがグッチの最新コレクションに身を包み、工房の職人魂に触れてゆく…というストーリーですが、当時、漫画のキャラクターがファッション雑誌の表紙を飾ることや、店舗のショーウィンドウに広告が使用されることは珍しく、マンガ界隈を超えて広く話題となりました。

 

 

このコラボレーションも好評を博し、続編として第6部の主人公をメインに置いた『徐倫、グッチで飛ぶ』も発表されています。


 

ジョジョシリーズの「絵」について、

物語に触れながら見てきましたが、いかがでしたでしょうか。

 

個展の開催、アートブックの出版、メディアミックス化など、

マンガを超えたジャンルで注目を浴びることも多い作者ですが、

自分の根本はあくまでマンガ家である、という言葉を残しています。

 

華々しい舞台も連載があってこそのものだという、

地に足がついた姿勢を崩すことがありません。

 

コラボレーション相手も、単に「人気マンガを使う」ということではなく、

作品や作者に対する敬意や愛情をもって、

作品作りに取り組んでいることが感じられます。

 

画集では、第1部から第8部までのイラストや原稿が数多く掲載されています。

その中から、西洋美術やファッションなどの影響を感じることもできるでしょう。

 

時代の変化に柔軟に対応し、30年という長期連載を成立させてきた

魅力的な絵の数々を、ぜひ味わってみて下さい。