2025.03.07
レビュー
20世紀を代表するイギリスの女性陶芸家 ルーシー・リー(1902‐1995)。
没後30周年を機に、彼女がさまざまな実験を重ねたのちに築き上げた
「ルーシー・スタイル」の一端を解き明かしていきましょう。
Lucie Rie’s PROFILE
生涯:1902.3.16~1995.4.1
出身:オーストリア ウィーン
本名:ルツィエ・ゴンペルツ (Luzie Gomperz)
職業:陶芸家
ウィーンに生まれ、ロンドンで活躍した20世紀を代表する陶芸家。20世紀初頭のヨーロッパで展開した建築やデザイン、科学といった先鋭的な思潮を取り入れた
ルーシー・リーは、ウィーンの裕福なユダヤ人家庭に生まれました。当時のウィーンは、のちに「世紀末のウィーン」と呼ばれる新たな芸術の時代を迎えていました。建築家のヨーゼフ・ホフマンや画家のグスタフ・クリムトを中心に芸術家たちによってたくさんの素晴らしい作品が生まれました。リーもこれらに触れながら育ちます。
芸術の道に進むことにしたリーは、オーストリアで唯一、ジャンルにとらわれずに自由に芸術を学べる教育施設 ウィーン工業美術学校で1921年(19歳)から学び始めます。この時、偶然のぞいた陶芸教室で“轆轤(ろくろ)”のとりこになり、陶芸の世界へ足を踏み入れました。(実は当初は彫刻家を目指していたとか…)陶芸の面白さに魅了された彼女のそばには、いつも轆轤があったといわれています。
その後はさまざまな展覧会で活躍し、作家としての地位を確立していくものの、戦争へと向かう時代の中、1938年(36歳)にはイギリスへの亡命を余儀なくされました。翌年、ロンドンのアルビオン・ミューズに住居兼工房を移し、戦時中は陶製ボタンの制作に取り組みます。その後、磁器も手がけるようになりました。バーナード・リーチ(英国近代陶芸の巨匠)や柳宗悦(美術評論家)、濱田庄司(陶芸家)らとも交流がありました。
以後、1990年(88歳)に病で倒れるまで、半世紀以上にわたりロンドンで制作をつづけました。
では早速、世界的に高く評価されているルーシー・スタイルとも言うべきリーの作陶の特徴を、陶芸の基本に軽く触れながら見ていきましょう。
やきものには、さまざまな成形方法があります。大きく分けて4つの技法があります。
これらの手法は、素地(採掘した陶土や磁土を作陶に適するように精製したもの)の性質や、器の形にあわせて使い分けられています。
リーは生涯、轆轤による制作にこだわり続けました。彼女の熟練した技術を目の当たりにした人々は、「まるで重力を無視して粘土を引き上げているように見えた」と評しています。
リーの特徴的な技法のひとつに「スパイラル文」がある。轆轤による成形によって、複数の色の粘土から、渦を巻き、螺旋状に文様が現れるダイナミックな表情を生み出すことに成功した。
リーが制作した陶磁器は、花器、壺、ティーポットやカップ、ケトル、皿、蓋つきの調味料入れなどのテーブルウェアが中心に多岐にわたります。なかでも特徴的な作品として「たおやかな曲線を描く美しい鉢型」と、「鶴首とも称される細く長い首部を持つ花器型」の2種類の器が挙げられます。
高台からすっと立ち上がり、大きく広がった「朝顔形」のフォルムをもつ。これこそ世界のどこにも類例のないリーのオリジナルデザイン。口縁部にブロンズ釉などを施すこともあり、器形をより引き締まったものにする効果を狙ったものと考えられる。
朝顔のように広がった口部、細長い首部、胴部、脚部から構成される分節的なフォルムが特徴。胴部の形状は、シリンダー型と膨らんだフォルムの2種類に分かれる。
古代ギリシャや中国の器からインスピレーションを得たものかもしれないが、シャープで現代的なデザイン感覚にあふれている。
やきものを美しく装飾するためには、さまざまな方法で文様を表現します。例えば、化粧土(主に白泥)を塗る・かける、顔料で絵付けする、文様を彫る、型押しするなどがあります。
リーの特徴的な装飾技法のひとつに「掻き落とし」があります。
この技法は、リーがロンドンに移住した後に生まれました。きっかけは、イングランド南西部のエイヴベリーを友人と訪ねたことでした。立ち寄った博物館で、鳥の骨でひっかいた線が刻まれた青銅器時代の土器をみたリーは、その技法に刺激を受け、ロンドンに帰ってすぐに自分でも試してみたそうです(もちろん鳥の骨ではなく、金属の針を使ってですが)。
細い金属棒(編み針)を使い、器の表面に塗られた釉薬を削り取り、下地の生地を出すことでうつわに文様を刻む技法。
さらに、搔き落としによってできた溝に色土を埋め込む「象嵌(ぞうがん)」に発展した。これらはともにリーの代表的な装飾技法となった。
リーの工房には普通の陶芸工房にあるはずのものがありません。それが「釉薬のバケツ」。
釉薬とは、やきものの表面を覆う塗料のようなもので、焼成すると溶けてガラス質の薄い層になります。一般的には、さまざまな石の粉を適切に配合し、水と混ぜて使用します。液体状の釉薬だと、器を浸したら釉薬を均一に塗布できるため、通常はバケツに入れてストックしておくのが一般的です。
しかし、リーは釉薬を作り置きせず、1回ごとに新たに調合し、刷毛や筆で器に塗っていました。 調合した釉薬は、その都度使い切ります。つまり、100個の作品を作れば、100通りの釉薬を調合していた ということになります。
基本となる釉薬はそれほど多くはないものの、その使い方とヴァリエーションは多彩でした。リーが学生時代から作成していた「釉薬ノート」の数々には、釉薬についての詳細な記録と実験結果が記されています。
リーの生み出した最も特徴的な釉薬。原料にシリコンカーバイトなどを混ぜて発泡させるもので、細かな穴が無数にあいた溶岩のような効果を生む。
特に、前述した「スパイラル文」の器に施すと泡立った釉の下からマーブル状の素地が透かして見え、さらに複雑な表情を生みだした。
陶芸の基本工程のひとつに 「素焼き」 がありますが、ルーシー・リーは 素焼きをせずに一回の焼成で作品を仕上げる という独自の手法を確立しました。
通常、陶芸作品は 成形後に素焼きを行い、その後に施釉(釉薬をかけること)をして本焼きをする のが一般的です。しかし、リーは素焼きを省略し、乾燥させた作品に直接釉薬を施し、一度の焼成で完成させていました。
この方法により、制作期間を大幅に短縮でき、通常なら小さな作品でも1ヶ月かかるところを、リーは1週間ほどで作ることができた といわれています。
《基本の工程》
土作り→成形→乾燥・削り→素焼き→施釉・彩色→本焼き→完成!
(通常 約1ヶ月 かかる)
《ルーシー・リーの「一回焼成」》
土作り→成形→乾燥・削り→施釉→焼成→完成!
(リーの方法では 約1週間 で完成)
通常、乾燥した作品に釉薬や化粧土を施すと、水分を吸収して粘土がやわらかくなり、壊れやすくなってしまいます。それを防ぐために 素焼きを行い、作品を強化する のが一般的です。
しかし、リーはこの工程を省略することで、焼成時に釉薬や化粧土が素地にしっかりとなじみ、独特の化学変化を引き起こす と考えました。その結果、通常のやきものとは異なり、 素地からじんわりと滲み出しているような、やわらかな質感 が生まれたのです。
19歳で轆轤に恋をして88歳で倒れるまで半世紀にわたって無数の美しいものを生み出し続けたルーシー・リー。彼女の作品は凛とした佇まいでありながらどこか素朴さがあり、どれも「一度手に取ってみたい」と思わせる魅力に満ちています。
リーの作品は 「うつわの形」を重視している ため、日本の陶磁器とは鑑賞ポイントが異なります。
《日本のやきものとの違い》
日本のやきもの →形の破れや崩れに価値を見出す(特に茶の湯の影響で、器の内側・見込みを重視する傾向がある)
ルーシー・リーの作品 → シャープなフォルムを追求し、特に真横から見たときの美しさが際立つ
もし展覧会などでリーの作品を鑑賞する機会があれば、上からではなく、ぜひ横から作品を眺めてみてください!
しかし、シャープな器形を追求したリーの作品は、真横から見たときに最大の力を発揮します。展覧会等で実物を見る機会があったら、上からではなく横から作品を見ることをおすすめします。
最後にリーの作品の鑑賞ポイントをまとめておきます。
轆轤によって生み出される優美で繊細な形
掻き落としや象嵌などの装飾技法による独自の文様
釉薬による鮮やかかつあたたかみのある色彩
細かな穴が無数にあいた溶岩のようなテクスチャー
「ルーシー・リーについてもっとよく知りたいけど、専門書はハードルが高い…」という人には、この図録がおすすめです!まずはパラパラと写真を眺めて、お気に入りの作品を探してみてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ルーシー・リーの作品の魅力が、少しでも伝われば嬉しいです。
もし機会があれば、ぜひ実物の作品を横からじっくりと眺め、その美しさを味わってみてください。