2026.03.17
レビュー

数ある日本のファッションブランドの中でも独特の存在感を放つ「ミナ ペルホネン」。
オリジナリティ溢れるテキスタイルは衣服から雑貨、ファブリック家具まで、暮らしの中に新たな価値を生み出しています。
また、お直しやリメイクといった「長く使うため」のメンテナンスにも対応し、シーズンアイテムを売り切るための、いわゆる「セール」は行わないという経営方針も一線を画しています。
その背景にあるのは、創業者である皆川明氏による「せめて100年は生き延びるブランドにしたい」という哲学です。
創立当初の30年前。サステナブルという言葉もまだ世の中に存在せず、服飾が与える環境への影響も意識されていなかった時代に、そういった考えで事業をスタートしたのは、かなり異質なことだったといえるでしょう。
短いサイクルで消費されていくファストファッションが台頭する中、理想を貫くためには一時的な流行に左右されない魅力が必要であり、それを得るのは簡単なことではありません。
しかし、ミナ ペルホネンは創業から現在まで多くの人々に愛され、様々な企業とコラボレーションし、美術展を開催すれば話題となります。
安価な訳ではないブランドが、なぜここまで支持され続けているのでしょうか。
今回は、ミナ ペルホネンの原動力である「テキスタイル」に注目しながら、そこに流れる哲学を探ってゆきましょう。
服飾の世界において、古来から育まれてきた「織り」。
縦糸と横糸の交差を基に、糸の太さ・素材・密度・色の組み合わせなどにより、同じ図案であっても全く異なる印象が立ち上がります。
ミナ ペルホネンは、ストライプ・ドット・チェック・ヘリンボーンといったスタンダードな柄を、ブランドのオリジナリティを表すモダンなデザインへと昇華しました。

一例として、「soda water」をみてみましょう。
青い水玉を単純に並べるのではなく、重ねることで、模様に揺らぎや奥行きを生み出しています。
水玉模様のようでいて、水玉は一つもない。この意図をより伝わりやすくするために、織りに工夫を凝らしました。
よく見てみると、繋がりあっている水玉は綾目(織りによる斜の線)を変えられており、実際の生地には、境目が存在しています。
この手間をかけることにより、見る側はこれが「水玉」であると認知しやすくなるのです。
ミナ ペルホネンの生地にはこういった、言われなければ気づかないような細かい工夫が施されています。
続いて、伝統的な形式の中に物語性と現代性を織り込むのも、ミナ ペルホネンが得意とするところです。

ブランド名を冠した「mina perhonen check」は、大空を自由に舞う蝶々(ペルホネン)をイメージしたパターンです。
ネイビーは夜空を、水色は朝の空を、ブルーグレーは霧を、白は雲を、黄色は蝶々をーそれぞれの色に意味を持たせ、スコットランドの老舗、ロキャロン社と共同製作されました。
スコットランド・タータン・オーソリティにも認定されている、まさにブランドの家紋ともいえるようなチェック柄です。
また、「織り」の技法そのものにも深い関心が寄せられています。

「forest gate」では、伊勢崎銘仙という着物で有名な「絣織」という技法が使われました。
縦糸にプリントを施してから織り上げ、その生地にさらにプリントをかけるという手間のかかるテキスタイルですが、そのことにより絣のふんわりしたニュアンスと、はっきりしたイラストの線が共存し、「冬の森に好奇心をもって入っていく鮮やかな動物」という、デザインの意図を明確に示すことができます。
自然・都市・生き物・人間社会…その時々でデザイナーの心を捉えているテーマを、平織り・綾織・ジャガード織といった一般的なものから、からみ織り・刺し子織り・染織などの伝統的なものまで、さまざまな手法を駆使し、織り上げられているのがミナ ペルホネンにおける織り生地の特徴です。
このブランドのテキスタイルを語るうえで欠かせないのが、エンブロイダリー(刺繍)です。
刺繍の魅力はなんといっても、糸を重ねることによって生まれる立体感・膨らみにあるといえるでしょう。

色とりどりの渡り鳥が連なって飛んでゆく姿を描いた「bird」をみてみましょう。
「異なる価値観をもつ同士が、同じ方向に向かっていくさまを表現したい」という目的から、光沢をもつレーヨン糸と、落ち着いたコットン糸と、素材を変えて図案が刺し分けられています。糸の素材を使い分けることによって、布の上に豊かな表情が描かれています。

「tambourine」はブランドの代名詞といってもよい人気の柄です。
一見、整然と並んだサークルの連なりに見えますが、その円はフリーハンドで描かれたものであり、また、その線上に打たれた小さな点も、それぞれ形や厚みに微妙な違いがあります。点同士の間隔も均一に見えながら、実は一定ではありません。
デザインの元になったのは、やはり「違った個性をもつ同士が共同して生きていく社会」です。
均一に見えながら不揃い。この絶妙なバランスが、幾何学的な模様でありながら圧迫感を感じさせず、どこか親しみすら覚えさせる要因ではないでしょうか。

本書の表紙を飾る「forest parade」は、完成時にデザイナーが「これで人生が終わっても構わない」と語ったといわれるほど、その創作人生を象徴する作品となりました。
さまざまな草花や鳥、蝶、文字など、37種類にわたるモチーフが垂れ下がる立体的なデザインは、ミナ ペルホネンの中でも最も時間がかかる作品だといわれています。
この立体刺繍は、水溶性の布に3日かけて刺繍を施し、完成後に布を溶かすという手法で生み出されました。
ブランド内ではブラウスやワンピースなどの服飾・小物雑貨などにこの刺繍があしらわれ、作品に華やかな印象を与えているほか、ジブリ美術館のグッズなどにも使用されています。
続いて、プリント(印刷)による表現では、より自由度の高い、絵画的な世界が展開されます。

鉛筆で楕円を手描きし、パステル調の水彩で5色に色づけされた「jellybeans」は、手描きによる揺らぎをそのまま生かした作品です。
光のしずくのようなイラストをみると、甘めの色調も相まって軽やかな図案にみえますが、鉛筆書きのかすれ、水彩の濃淡、絵の具のにじみなどを表現するために、実に13刷もの版が重ねられているそうです。
また、プリント生地によく採用されているのが切り絵手法です。カットされた小さな紙片を貼り重ねることで、マットな色彩や偶然生まれたラインを演出することができます。

海を泳ぐ選手を描いた「triathlon」では、微妙に色合いを変えたブルー系の紙を何枚も作成し、三角形に切りとった細かい紙片を根気よく重ねていくことで、選手の手が水面をかき上げる波しぶきのきらめきや、海の色の鮮やかさ・深みなどが表現されています。

一方、切り抜いた後に余った紙を組み合わせた「surplus」では、偶然性・即興性を積極的に取り込んでいます。


ほか、点と点を線でつなげた「planetarium」、マスキングテープを貼り付けた「sticky」など、子どもの遊びを彷彿とさせるものが多いのも、プリント手法による生地の特徴でしょう。
このような、さまざまな画材や技法を用いた試みは年々発表され、その実験的精神は衰えることがありません。
これまで述べてきたミナ ペルホネンのテキスタイルは全て、工場との協力体制から生まれています。
織りであれば、糸をかける強さ、機械に織らせるためのプログラミング。
刺繍であれば、図案の一つ一つにどこまで膨らみを持たせるのか、針が折れないようにするにはどう調整すべきなのか。
デザインを直接的に生かしやすそうなプリントにおいても、刷る版の数、染料の調合など、熟練した経験と技術が欠かせません。
デザイナーの意図を理解し、可能な限りその微妙なニュアンスを表現すべく、全てにおいて人の目でチェックし、不良があれば人の手で直す。
ミナ ペルホネンはこういった真摯な姿勢や高い技術に深く敬意を表し、美術展などを開く際はその仕事をフューチャーし、自分たちの仕事に欠かせない存在であることを、訪れる人々に伝えています。

ここまで、ブランドの源である生地を中心に紹介してきましたが、ここからは生地を使用した作品についても触れていきましょう。
ミナ ペルホネンのテキスタイルは服・雑貨・ファブリックなどさまざまな形で展開されていますが、特にこのブランドらしさが表れているのがバッグです。
洋服を作る際にどうしても発生してしまう端切れを可能な限り生かしたい、と考えて考案されたのが17cmほどのミニバッグ。
生まれたのは1995年、ブランド設立と同じ年です。
製作課程を考えれば当然なのですが、ミナ ペルホネンの服は安価ではありません。
長尺の生地を使用する服には手が届かないという人に対して、小さなバッグは比較的手に入れやすく、その世界観を手元に置くことができる喜びを与えてくれます。
もう一つ、ブランドを象徴するのがエッグバッグ。
先がほんの少しとがり、下はころんと円を描く卵の楕円形は、木の上に巣を作る鳥が、下にころがり落ちないように形成されていったといわれています。
デザイナーはこれを「命を守り、育むための基本図形だ」と捉え、持ち手と本体を一体化させたバッグが作りました。
あたたかみのある形はミナ ペルホネンのテキスタイルと非常に相性がよく、現在まで続くブランドの代表作の一つです。
ミナ ペルホネンのテキスタイルには、人や社会、植物や動物、都市や土地といった、様々な事象への思いが織り込まれています。
その微妙なニュアンスを、生地という形に落とし込むために、職人たちとの膨大なやりとりが重ねられています。
生地や作品は、それらを声高にアピールしている訳ではありません。しかし、完成品を手にしたときに心が高揚するのは、そのデザインから、これらの思いや経緯など、目に見えていないものを無意識に感じとっているからなのかもしれません。
本書は、250余りの生地写真と、その名前・生まれた経緯がまとめられている貴重な図録です。店舗や美術展に行く際、このブランドへの理解に大いに役立つことでしょう。
100年先も、人の暮らしを彩る存在であるために──ミナ ペルホネンのデザインは、今日も作り続けられています。