2023.03.15
特集
かつての日本人にとって、日本刀はなくてはならないものでした。
大河ドラマをはじめとした時代劇やアニメやゲームなどによく登場する日本刀。現代においても愛好家は多く、近年は、刀剣を擬人化したゲームの人気もあり、若い世代、女性の間でも鑑賞ブームが広がっています。
【写真1】2016年~放送の大人気アニメ『刀剣乱舞-花丸-』の公式原画集の3冊セット。元は日本刀をモチーフにしたゲームでしたが、人気が高じミュージカル、アニメ、実写映画などへと多角展開しました。
とはいっても、いざ日本刀を鑑賞しに博物館や美術館にいっても、どこを見ればいいのか、何が違うのかわからないという方も多いでしょう。そう、日本刀の世界は奥が深くて、見どころ、語りどころがあまりにも多すぎるんです。まあ、そこが面白いところなんですが。
そこで、今回は1000年続くと言われる日本固有の方法で製作された刀剣「日本刀」の基礎知識とその魅力、それを踏まえた日本刀の鑑賞ポイントを紹介していきます。刀剣の展覧会に行く前の予習や図録を手に取るきっかけとなれれば幸いです。
日本刀とは、日本独自の製法によって作られた刀類全般のことを指します。武器や権威の象徴としてだけでなく、最高級の美術品、神にささげる宝物、信仰の対象として古来より大切にされてきました。
【写真2】(右、中央)兵庫県姫路市の宮山古墳から出土した大刀。古墳時代のものですが、銀象嵌や金箔が施されています。当時から単なる武器の域を超える意匠が凝らされていることがわかります。
日本刀は西洋の剣と比較すると、薄くて細身な見た目をしており、片刃で反りがあります。平安時代末期頃に出現したこのような形式を持つ刀が、「日本刀」と呼ばれているのです。一方、西洋の剣は厚くて太身な見た目、両刃で反りが無い剣が多く、パッと見でも違いが明らかです。
ひと口に日本刀といっても、その形や長さなどの違いによってさまざまな種類に分けられます。基本は刀身の寸法によって、①「太刀(たち)」、②「打刀(うちがたな)」、③「脇差(わきざし)」、④「短刀(たんとう)」の4つに分類されます。さらに広義では、「薙刀(なぎなた)」や「槍(やり)」、「長巻(ながまき)」なども日本刀に含まれます。また、「仕込み刀」と呼ばれ、外見からは刀とわからないように偽装されたものもあります。
先ほど言った通り、日本刀といってもさまざまな種類がありますが、どの日本刀に対しても「折れず曲がらずよく斬れる」という表現がよく使われます。しかし原材料である鉄の性質からすれば、「折れないこと」と「曲がらないこと」を両立するのは難しいことなんです。
では、いったいどうやって日本刀はこの矛盾した状態を可能にしているのでしょうか。
日本刀の原材料となる鋼は、炭素を多く含んでいると硬くて折れやすくなり、逆に、炭素が少ないと軟らかくて(粘り気があって)折れにくい。実はこの2種類の鉄(皮鉄と軟らかい心鉄)を使うことがポイントなんです。
そのため日本刀の作刀は、まずは炭素量に応じて使う鋼を分ける作業をからはじまります。
さらにこれらの鋼を溶かし、塊になるまで叩いた後、赤く熱して叩いて延ばして折りたたむ作業を繰り返します。この作業を「折り返し鍛錬」といい、刀鍛冶の真骨頂とでも呼ぶべき工程です。鋼を何度も延ばしては折り返すことで、粘りがでてきて強度が増し、叩くことで不純物を叩き出し、より純度の高い鋼が出来上がります。
【写真3】平成の名工(河内道雄)を紹介するページより。中央は鍛錬中の様子です。
そうして鍛えた硬い外側の皮鉄と衝撃を吸収する軟らかい内側の心鉄を組み合わせて一体化させる「造込み」とよばれる工程を行うことで、日本刀は折れにくさと曲がりにくさを両立することに成功しました。そして最終的に、日本刀の形に成形した鋼を焼いて水に入れ、急冷する「焼き入れ」という作業を経て、相手に当たる刃先だけがひじょうに硬くなり、よく斬れる日本刀が出来上がります。
これが、「折れず曲がらずよく斬れる」の秘密です。
1振りの日本刀を作るのにはかなりの手間と労力がかかっています。世界のどこの刀剣をみても、日本刀ほどに細やかな鉄の構造をもち、「折れず曲がらずよく斬れる」ものはない、といわれます。そして斬ることを追求するがゆえに、比類ない美しさを獲得してきた日本刀。武器でありながら美術品。斬る道具にして心を癒す。そんな相反する特色をもつ日本刀は唯一無二の日本の誇る文化・財産と言えますね。
【写真4】江戸時代に印刷された刀剣書「古今銘尽大全」。中世までの刀剣鑑賞の知識が集積されています。
さて、日本刀を鑑賞する際に見るといい部分(見どころ)は主に三つあります。一つ目は姿(すがた)、二つ目は地鉄(じがね)、三つ目は刃文(はもん)です。
point1 刀身の「姿」を鑑賞する
「姿」とは、その名の通り刀全体の形のことを指します。
日本刀の鑑賞で最初にすることは、日本刀の姿をよく観ることです。部分的に分割した姿と、全体的な姿の両方を注意深く鑑賞しましょう。
一見すると同じように見える日本刀の姿ですが、反りの具合や刀身の幅(身幅・みはば)や厚さ(重ね・かさね)、切先(きっさき)などから時代・流派・刀工によって変化するので、その違いを楽しめます。
例えば、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての太刀は、身幅は狭く、切先も小さめで、反りが深くて優美な印象をうけるものが一般的でした。こうした太刀の姿は、鎌倉・南北朝と時代が降るに従って反りの中心が少しずつ上部へ移動し、反りも浅めになり、上下の身幅の差も小さくなっていく傾向でより豪壮な幅広で力強い姿へと変化していきました。
このように制作された時代によって、それぞれの必要性に応じた刀姿の日本刀が作刀されたため、各時代の日本刀の姿の違いを知ることで、制作年代を推定することができます。
【写真5(左)】平安時代 (太刀 銘 友成)【写真6 (右)】室町時代 (刀 銘 和泉守藤原兼定/石破渋谷木工頭明秀)
【写真7】鎌倉時代 (国宝 太刀 銘 吉房)
point2 「地鉄」を鑑賞する
「地鉄」とは、折り返し鍛錬を行うことでできる「地(焼き入れされていない部分)」の模様のことです。一見何も模様がないように見えますが、じっくり観察してみると日本刀一本一本に細やかな模様が見えてきます。
こうした地鉄の模様は、日本刀の素材である鋼を折り返し鍛錬することによって生まれます。材料となる炭素量の異なる鋼をどのように折り返して鍛えるかによって地鉄の模様や地鉄の色には顕著に違いが生じます。したがって、地鉄を鑑賞することでその日本刀の作られた時代や流派、刀鍛冶の個性を楽しむことができますよ。
縦方向へまっすぐに目の通った柾目(まさめ)肌、木の年輪が流れたようにみえる板目(いため)肌、板目肌よりさらに節が丸く目立ってみえる杢目(もくめ)肌などに大別されます。中には交互に波打つように規則的に文様が繰り返される綾杉(あやすぎ)肌と呼ばれるものなどもあります。
ただ地鉄は、美術館でぱっと鑑賞するだけだと中々わからない部分なので、鑑賞初心者の方はあまり気になさらなくていいと思います。
【写真8(左)】地鉄の模様(ここでは3種類)や、刃文の種類をスケッチで解説。【写真9(右)】地鉄の他にも鋒(切先)や帽子と呼ばれる切先の刃文(後述)の種類なども。
point3 「刃文」を鑑賞する
「刃文」とは、刀の特徴として多くの人が想像できるであろう、刃にある白い波々の部分のことです。みなさんが刀とか包丁の絵を描くときに、何げなく描くこともあると思います。この部分にはそれぞれの刀の個性がよく現れ、古くからその形状が鑑賞の対象となってきました。
その美しさから刃文には、装飾的な要素が大きいと考えられがちです。しかし、刀を作る工程の山場ともいえる「焼き入れ」によって生み出された「焼き刃」は美しい刃文を生み出すと同時に、刀を強くします。
また、刃文が描く模様は、焼き入れの準備として行う「土置き」(焼刃土(やきばつち)と呼ばれる特別配合された粘土を刀身に塗ること。土の置き方によって焼きの入り方が変わる)によって変化させることができます。そのため、美しさだけではなく切れ味にも影響する刃文は刀工の技術が分かる箇所。つまり、刃文の出来栄えによって、日本刀の価値そのものも左右されるという、重要な位置づけにあるのです。
刃文は、鋼を焼いて水に入れ、急冷する焼き入れの際にできた粒子に光が当たり、乱反射して白く見えます。そのため、刃文は光を当てないと見えません。それも光源と目線の角度を合わせないと刃文は見えてきません。そのため一目で刀全体の刃文を観ることは難しいです。
手で持って鑑賞するときは、自分で角度を調節することができますが、美術館の展示を観るときは、ライトの位置や刀の位置を変えられないため、立つ場所や観る角度を変えてみるといいですよ。
【写真10(左)】国宝 太刀 銘 一【写真11(右)】国宝 太刀 銘 久国:どちらも国宝、鎌倉時代の刀ですが、刃文の表れ方も地鉄の色もまるで異なるのが興味深いです。
point4 歴史的価値を知る
美術館に展示されるような名刀には名刀たる所以があります。斬れ味や姿形はもちろん、誰がつくったのか、誰の手に渡ったのか、どんな武勇伝を残してきたのか…。その一つ一つに歴史的な価値があります。そのため、鑑賞する際には、その刀が持つ歴史的な背景やエピソードを知ることも楽しみの一つなんです。
【写真12】重要文化財 呑口式打刀 無銘。中尊寺の金色堂、藤原秀衡の副葬品の一部として発見されました。文化財保存の観点から現状維持を原則としたものの、片面のみ研磨を施したところ当時の技術の高さが伺い知れる良質の地鉄が出現。こちらの図録には、主に火災などにより一度焼けてしまった刀(焼身)を焼き直したものが集められており、その来歴に思いを馳せる愉しみがあります。
いかがだったでしょうか。
日本刀の世界は非常に濃厚で、ここでは書ききれない魅力がまだまだあります。
【写真13(左)】金銅荘鳥頸太刀。南北朝時代に熊野速玉大社に調進されたと考えられています。豪華な拵も刀剣鑑賞の楽しみの1つ。【写真14(右)】1968年に逝去された人間国宝、高橋金一の一振り。
【写真15】短刀 銘 正宗。鎌倉時代に活躍した名工ながら無銘の作が多い正宗の貴重な一振り。こちらの図録にはすべての刀に見開き右頁のような押形が付され、刃文などの特徴が分かりやすいです。図録の魅せ方自体を比較するのもなかなか楽しいですね。
【写真16】写真15と同じく正宗の作(刀 無銘 正宗)。明治維新の際、徳川慶喜から有栖川宮熾仁親王に献じられ、現在は東京国立博物館が所蔵。激動の時代を見てきた事実も刀に味わいを加えています。
もちろん、このまま美術館で実際に刀剣を鑑賞してみるのもいいでしょう。とはいえ、初見でガラスケース越しに鑑賞するだけでは、地鉄や刃文など細かな部分までなんて中々わからないと思います。
そんな方は当店で取り扱っている刀剣の図録を手に取ってみるのはいかがでしょうか。
刀剣の図録にはいろいろな日本刀が掲載されており、その来歴から特徴などたくさんの情報が集約されています。日本刀の姿だけでなく、地鉄や刃文まで写る高精細な写真とともに解説を読むことで、刀剣鑑賞するときのいい予習になると思いますよ。
この機会にぜひ奥深い日本刀の世界に浸ってみてくださいね。
記事中写真の出典
写真1 「刀剣乱舞 動画工房公式 原画集 3冊セット」
写真2・13「図録 日本のかたな 鉄のわざと武のこころ」
写真3・14「図録 平成の名刀・名工展」
写真4・16「図録 刀剣鑑賞の歴史」
写真5・10・12 「図録 REBORN 蘇る名刀」
写真6・7・8・9・11「図録 阿部家ゆかりの日本刀 小松コレクションと五箇伝の名刀」
写真15「図録 特別展 正宗 日本刀の天才とその系譜」