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2023.05.01

レビュー

【化学】「有機・減農薬農産物の生産・流通技術 総合防除における生物農薬の可能性を探る」 エヌ・ティー・エス

今回は慣行農業から有機農業へ移行する取り組みについて、株式会社エヌ・ティー・エス主催によるセミナーの講演録を編集した1冊をご紹介します。

それがこちら。

「有機・減農薬農産物の生産・流通技術~総合防除における生物農薬の可能性を探る~」

発行日:1999年3月25日 発行者:吉田隆

発行所:株式会社エヌ・ティー・エス

 

本書は、株式会社エヌ・ティー・エス主催による「有機・減農薬 (IP) 農産物の生産・流通事情~総合防除における生物農薬の可能性を探る~」セミナー (開催日:1998年10月6日) を講演録として編集したものです。

担当された講師と講演内容は下記となります。

 

・平井一男 (農林水産省 農業研究センター 病害虫防除部 虫害研究室長 農学博士)

 ~IPMと普及度調査に関する国内外の動向~

・田中寛 (大阪府立農林技術センター 環境部 病虫室 主任研究員 農学博士)

 ~無農薬・減農薬栽培のための総合的害虫防除システムの実用的事例~

・和田哲夫 (株式会社トーメン 生物産業部 アグロテック課 課長)

 ~天敵昆虫利用の現状と環境への影響等について~

・北村泰三 (長野県果樹試験場 病害中部 部長)

 ~リンゴ生産における減農薬化の考え方と諸問題~

・高橋太一 (農林水産省 農業研究センター 経営管理部 園芸経営研究室 主任研究官)

 ~有機農薬における農業経営行動と流通状況~

 

本書では有機・減農薬農業の世界および日本国内での普及実績から課題までを実例の写真を盛り込みながら紹介しています。以下、本書を構成する第1~5講までの内容をざっくりと紹介いたします。

第1講 IPMと普及度調査に関する国内外の動向

IPMとは慣れ親しんだ用語ではありませんが、本書発行の1999年からさらに約30年も前に提唱された用語であると今更ながら勉強になりました。IPM (Integrated Pest Management) は、欧州農業で提唱された農薬危険度の軽減を目的とする総合的病害虫管理のことであり、この活動を広めるためには、何よりもまず取り組むことが理想的ですが、その前段階として、この書籍に記してある通り関わる人達の理解と協力がなければ進歩することは困難であると感じました。

p6に掲載されたIPMの基本構造。米国のWatson氏による。

本講ではIPMを普及させるためのシステムや、各国のIPMを模範とした取り組みが紹介されています。国の特徴に合わせた制度が展開されているため、その国の成功事例や失敗事例を把握することで自国や、ある地域に適した方法を模索する際の参考となるでしょう。

本書が発行されたのは今から25年近くも前ではありますが、今後、有機・減農薬による農業を進めていきたいと考えている人は、その時代の普及実績や取り組みからの課題を把握することも重要であると思います。現代の普及率と比較し、国と生産者は今後どのような取組を行うべきか、きっと良いヒントとなる内容となっています。

 

第2講 無農薬・減農薬栽培のための総合的害虫防除システムの実用的事例

現場研究員が日本農家で行った害虫防除の成果をグラフ、図、実際の現場の写真を交えながら、成功例や失敗例を紹介しています。収穫産物によって重要視する点が異なるため、それらに適応できる防除例が分かりやすくまとまっています。

p28掲載の1992年、泉佐野市におけるマルハナバチ導入試験の様子。「マルハナバチで受粉させると果実が多くつきすぎるので困るという笑い話」も紹介。

IPMという考え方はアメリカやヨーロッパでの基礎的・論理的なものであり、日本農業にすんなり導入できるとは思いませんでしたが、本書では日本において IPMの導入をどのように進めるかを研究員と現場の立場を踏まえて述べています。

ここで述べられているように、農薬などを使用することは農家にとってもコストや労力の面で負担になります。そのため、彼ら自身も減農薬・無農薬化を進めたいという希望があります。そこに、研究員が様々な防除システムを試行し、提案する。効果がある場合は農家がそのシステムを受け入れ、さらに農家自身で工夫されている様子が記載されており、日本農家の質の高さが改めて伝わりました。

防除システムへの取り組みは今も続いていると思いますが、この時代の取り組みを参考とすることで、新しいシステムの発想が閃くかもしれません。実際に無農薬・減農薬栽培に取り組もうとする人には有益な情報が手に入ると思います。

 

第3講 天敵昆虫利用の現状と環境への影響等について

防除システムとして天敵昆虫を利用した生物農薬の実績を紹介しています。害虫に対する天敵を放し飼いすることで、農薬使用量の減少または無農薬で害虫からの被害を減らす取り組みが詳しくまとまっています。

天敵の種類別に特徴、効果のある害虫、活動条件、実際の写真や効果の範囲が説明されているので、有機農業で害虫に困っている方は参考になるかと思います。

ここでは天敵の効果が主な内容となっており、使用する際どのように天敵と向き合うかは言及されていません。まったく知見のない方からしたら天敵が農産物や農家に与える影響も気になると感じました。

最後には、日本で使用している天敵類の使用面積とその特徴、および日本ではまだ未登録となるその他の天敵が一覧でまとまっています。各天敵の説明欄では特徴を記載しています。かなり簡略なものではありますが把握しやすいため、当時どういった天敵を使用していたかを知りたい方は有効であると思います。

p78「日本で使われている天敵類の使用面積とその特長およびその他の天敵」。各天敵名について対象害虫と簡略な説明が付されています。使用面積欄はまだ空欄が多いですね。

 

第4講 リンゴ生産における減農薬化の考え方と諸問題

生育期間が特に長い「ふじ」リンゴを基準に、この時代における病害虫の被害と農薬防除について紹介があり、続けて減農薬への可能性を示しています。

p93、リンゴへの害虫被害の紹介より「カイガラムシ類」の被害写真。その他、ハダニ類やアブラムシ類などの被害、病害なども写真付きで掲載されています。

現状報告として病害と害虫の紹介を実際の写真を含め記載しており、知見がなくても特徴を理解できました。生育期間が長いと様々な種類の病害虫が発生するため、それに対応するべく農薬の使用回数が増えてしまい、結果生産者の負担が大きくなるため、減農薬化を進めるメリットが非常に大きい作物であるとの理解ができました。

化学農薬の防除削減に伴う問題点と対策を病害と害虫それぞれでまとめており、減農薬を補う手段も効果のある病害虫だけでなく、生産者への負担も考慮した評価が記載されています。さらに最後には、これらを総評した「ふじ」リンゴの生育期間における減農薬防除のモデルを示しています。生物農薬やその他の防除システムの有効性と病害虫の被害範囲を考慮し減農薬体系を示しているため、減農薬を進めていこうと考えている人には良い参考例になると思います。

第5講 有機農薬における農業経営行動と流通状況

有機農業を経営する実態と、有機農産物を広域、および市場へ流通させる取り組みなどを紹介しています。

有機農業を行おうとした動機から始まり、実際に取り組んで分かった問題が前半の内容となっています。

そこから明らかとなった課題の1つに農薬使用により発生する負担がそれから得られる利益を上回ってしまうという点がありますが、それよりも農薬使用による人体や土壌への影響が危険であるという認識のもと、消費者への安全を考慮した動きが象徴的でした。

こういった取り組みを継続的に安定させるには、販路の安定化と流通領域の拡大が重要であるのも納得です。また、無農薬と減農薬を表示できる基準が都道府県ごとに定められていることは、この書籍で初めて知ることができました。

有機農業を始めている方やこれから始めようと考えている人、有機農業に興味がある方は、販路から価格形成など農業で生活をしていく上で必要となる情報が詳しくまとまっているため、ここからの情報と現状を照らし合わせ、計画していくのも良いかと思います。

p123「消費者の有機農産物等への関心の理由」。1995年~1997年では有機農産物に関心のある消費者は93%を超える高いものになっています。2019年の農林水産省による「有機食品等の消費状況に関する意向調査」においても有機食品等を購入したきっかけ1位は「自分や家族が病気にならないため」と、「安全」や「健康によい」ことが意識されている点では当時も今も変わりありません。

感想

各項目の専門家が実態に基づいて考察をしているため、この分野に携わる人には、有益な情報が詰め込まれていると感じました。専門用語が出てきますが、ネットで検索すればすぐに分かる内容なので、予備知識がないと読めないなども問題はありません。

有機・減農薬農産物への評価は客観的であり、期待されている効果もあれば、現状では解決策が見いだせない課題がある現状であることも述べているため、中立した立場で本書を読むことができました。文書だけでなく、実際の写真、図、表なども交えてまとまっているため、イメージがつきやすくインプットがしやすいことも本書の特長かと思います。

本書を読んでいると、日本の農産物の生産者は向上心が高く努力家であると改めて認識をしました。今日までにおける国内産の品質の高さは、こうしたところからの継続でできていると感じることができるも、楽しみの一つかなと思います。

終わりに

本書で書かれた情報は1999年当時のものであり、現在の有機・減農薬農産物への取り組みはさらに進んでいると思われますので、掲載された資料はあくまでも参考資料となります。しかし、今日に至るまでどういった経緯があったかを読み取り、解決への考え方を学ぶには良いと思われます。

学生時代は農薬分野で昆虫と化学合成物との親和性を研究していましたが、研究機関と日本農家とが協力し合い、生産者と消費者の安全を守る取り組みについて、ここまで成果を積まれていたのを知り、日本農業の技術の高さを改めて感じました。食の安全は生産者から始まります。有機・減農薬農産物を含め食の安全性に関心がある人は、本書は非常にオススメです。