2026.04.23
レビュー

『ゴールデンカムイ』で注目を集めるアイヌ文化。
作中に登場する美しい衣服や独特の文様に心を奪われた人も多いのではないでしょうか。
実は、あの装いには寒冷地の知恵や交易の歴史、先人から受け継がれた技術がたくさん詰まっています。見た目の美しさだけでなく、暮らしの知恵そのものでもあるんですね。
この記事では、アイヌ民族の衣服についてわかりやすく解説します。
それでは、2021年に渋谷区立松濤美術館で開催された特別展『アイヌの装いとハレの日の着物』の公式図録をガイド役に、アイヌ民族の服飾文化の世界をのぞいてみましょう。
アイヌの衣服というと、アップリケや刺繍で華やかに装飾された衣服を思い浮かべる方も多いでしょう。
ですが、それらは儀式や祭りで着る「ハレ着」です。
普段は、装飾のない植物繊維で作った衣服や、本州の人々と同様に古い木綿布を縫い合わせてつくったものを着ていました。
今残っている多くはハレ着です。労働や日常の暮らしで使われた普段着は、使い込まれて役目を終え、自然と残りにくかったのでしょう。
昔の絵巻物や写真でも、ハレ着を着て働いている姿が見られます。そのため、「アイヌの人びとはいつもあのような華やかな服を着ていた」と思われることもありました。
でも本来、ハレ着は特別な日に着る大切な衣服です。だからこそ、丁寧に扱われ、現代まで残っているのかもしれません。
アイヌの人びとは、生活の中で手に入る素材を使って暮らしに必要なものを作っていました。
古くは動物の毛皮を使った「獣皮衣」を身に着けていたと考えられています。その後、次第に樹皮や草などの植物繊維を用いた「樹皮衣(アットゥシ)」や「草衣」が広まり、江戸時代になると「木綿衣」が「樹皮衣」とともに一般的になっていきました。
では、素材ごとに少し詳しくみていきましょう。
獣皮衣
クマやシカなど陸の動物や、アザラシやラッコなどの海の動物の毛皮から作られた衣服です。冬の寒い時期や狩猟の際に使われました。
魚皮衣
サケやマス、イトウなど比較的大型の川魚の皮を用いた衣服です。主に樺太アイヌに用いられました。


樹皮衣(アットゥシ)
オヒョウ(ニレ科)やシナノキなどの木の樹皮からとれる繊維で織った、アイヌを代表する衣服です。木綿が広まる前から着られていた基本的な衣服でした。
アットゥシには、文様のない普段着と、文様をほどこしたハレ着があります。文様は、襟、襟下、袖口、裾、背面上部などに入れられ、木綿衣のように衣服全体を飾ることはありません。
この衣服は暖かく、通気性もよく、とても丈夫。さらに水をはじき、水に浮くことから、江戸時代には和人の船乗りたちも着用していたそうです。

草衣(テタラペ)
イラクサという草の繊維を素材とした衣服です。樺太アイヌ独特のもので、アットゥシより柔らかく、白っぽいものに仕上がります。
江戸時代中頃になると、本州との交易や漁場などで働いて木綿布が手に入るようになります。
木綿衣は、古着や布切れなど貴重な布をはぎ合わせて作られました。
木綿衣は特徴ごとに大きく「ルウンペ」「チカルカルペ」「カパラミプ」「チヂリ」の4つに分けられます。

ルウンペ(色裂置文衣)
木綿衣の中でも比較的古い時代のものと考えられています。濃い色の木綿地の着物に、テープ状に細く切り裂いた白布や色布を切り伏せ(アップリケのように縫い付けること)、さらにその上に糸で刺繍を施した衣服です。
飾り布には、絹や苧麻(ちょま)、木綿、ウールなどさまざまな素材が使われています。また、刺繍には絹糸やイラクサで作った糸が使われているものが多くみられます。

チカルカルペ(黒裂置文衣)
厚手の縞木綿の生地に、黒か紺のまっすぐに切った布を切り伏せし、その上に糸で刺繍をほどこした衣服です。白布がほとんど使われないのが特徴です。

カパラミプ(白布切抜文衣)
比較的新しい衣服で、明治時代になり白地の木綿が手に入るようになってから作られるようになりました。白生地の木綿(大幅のもの)を切り伏せして装飾したものです。

チヂリ(無切伏刺繍衣)
こちらの木綿衣は他のものと違い、切り伏せはなく、色布の生地に直接刺繍を施した衣服です。
炉端の暮しは長い。おじいさんは枕を持ち出してごろっと横になり、昔話だ。おばあさんは女の子を膝にのせ、囲炉裏の灰をならして、アイヌ文様を描いてみせる。お母さんはアツシの糸作りだ。お父さんはマキリを手にして手近な木を取り上げ、彫りはじめる。
こんな日々の営みの中で、文様や技術は受け継がれてきました。
衣服の文様は、祖母から母へ、母から娘へと伝えられていきます。女性たちは幼い頃から、地面や砂地に教えられた文様を描きながら覚えていったそうです。
文様の技法は大きく分けて3種類あります。
①テープ状に裂いた布の縫いつけ、その上に刺繍をする
②布を模様の形に切りぬき、縫いつけて刺繍する
③刺繍のみで表現する
これらをときに組み合わせながら、アイヌの女性たちはさまざまなデザインの衣服を作り出しました。

これらの文様には魔除けの意味があると言われますが、実際のところは地域や人によってさまざまです。昔のことをよく知っているお年寄りの話でも、文様の刺(とげ)の部分に 魔除けの意味があるという人もいますし、文様には特にそのような意味はないという人もいます。
また、アイヌ文様といえば衣服以外にも木彫りの工芸品を思い浮かべる人もいるでしょう。刺繍は女性、彫刻は男性と、役割が分かれて受け継がれてきました。そして、男性が作る文様は、女性の作る文様とは技法もデザインも大きく違います。だからか、木彫りの文様には刺繍とはまた違った魅力があります。
近代化の中で、こうした文化の継承は簡単ではなくなりました。 それでも作り手たちの努力によって守られ、今も受け継がれています。
現在では伝統的な文様を学べる講習会や図書も増え、現代の素材に合わせた縫い方を工夫しながら、伝統的な技術を守りつつ、今の時代にあったアイヌ文様の美しさが生み出され続けています。
伝統は今も生き続けているんですね。

アイヌの衣服の面白い特徴のひとつが、男も女も同じ形の衣服を着ていることです。
和服は一見似ていても、細かな部分に男女差があります。
ですが、アイヌの衣服は裁ち方や縫い方までほぼ同じ。ここが大きな特徴です。
そのため、男女どちらが着ても自然に見えます。
ただ、昔から女性たちは皆、主人のハレ着に立派な文様を施し、ハレの場所に出したといいます。男の衣装は華やかに、女性の衣装は控えめに文様も少なくしていたようです。

あとこれは蛇足ですが、ハレ着を着る時の装身具も奥が深くて面白いですよ。
さて、ここまでアイヌの装いについて解説してきました。
ガイド本として使った図録は、2021年に渋谷区立松濤美術館で開催された企画展『アイヌの装いとハレの日の着物』で刊行されたものです。
この企画展は、北海道白老町にある国立アイヌ民族博物館の開館1周年を記念して開催されました。
この博物館はアイヌ語で「アヌココㇿ アイヌ イコロマケンル」といい、これは「私たちが共有するアイヌの宝物が入った建物」という意味。
ここでは、アイヌの言語・音楽・工芸・精神世界を体系的に学ぶことができます。もちろん衣服についての展示もありますよ。
また、博物館を含むウポポイ(民族共生象徴空間)は、アイヌ文化に触れられるフィールドミュージアムです。JR室蘭本線白老駅から歩いて10分ほど。自然豊かな広大な敷地に博物館エリアと公園エリアが広がっています。
北海道旅行をお考え中の方には、ぜひ立ち寄っていただきたいスポットですね。

とはいえ、北海道まではなかなか遠い……。
そんな方には、この図録がおすすめです。
衣服は展示による劣化が心配されるため、常設展示では数が限られることもあります。その点、図録ならじっくり細部までみることができます。
図録『アイヌの装いとハレの日の着物』は、自由な鑑賞を支えてくれる最高のパートナー。
ページをめくるたび、アイヌ民族に受け継がれてきた美しい装いと独特の文様たちと出会えるはずです。
そんな贅沢を、あなたの本棚に迎えてみませんか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!