2026.10.01
レビュー
フィンランドが誇るデザインハウス、マリメッコ。
2026年7月京都文化博物館での展覧会「マリメッコ展 模様のちから」を皮切りに、現在は東京都庭園美術館で開催されており、その後は広島などへの巡回も予定されています。
さて、「マリメッコ」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、大きな花が画面いっぱいに広がった、あの模様ではないでしょうか。
ただ、「鮮やかなプリントが特徴のブランド」というイメージだけでは、その魅力は伝えきれません。
なぜ、マリメッコのデザインはこれほど長い間人々を惹きつけてきたのでしょうか。
今回ご紹介するのは2016年に開催された展覧会の図録「マリメッコ展 ―デザイン、ファブリック、ライフスタイル」。
本書を通して、マリメッコが生まれた1950年代から現在へと続く歩みをたどりつつ、その魅力を紐解いていきましょう。
1951年、フィンランドでマリメッコを創業したのは、アルミ・ラティアという女性でした。

当時、女性が企業を率いることはまだ珍しいことでした。
マリメッコの前身となるプリント会社を夫のヴィリヨ・ラティアが買収したことをきっかけに、アルミは新しいブランドづくりに取り組みます。
彼女が目指したのは、単に売れ筋の布をつくることではありませんでした。
戦後のフィンランドに、明るく、自由で、創造的な生活をもたらすこと。そこには、ファッションの枠を超えた大きな理想がありました。
その思想を具体化したのが、服。
当時の女性服は、身体のラインを強調し、ウエストを締めつけるようなシルエットが主流でした。
それに対してマリメッコが提案したのは、動きやすいコットン素材と、身体を締めつけず、自然に身体から離れるもの。
装飾を過剰に加えず、布そのものの色や柄を生かす。その服は、戦後の社会に広がり始めた自由な空気を、そのまま身にまとえるようなものでした。

その思想をデザインとして形にした人物の一人が、ヴオッコ・エスコリン=ヌルメスニエミです。
1953年にマリメッコに加わったヴオッコは、鮮やかな色彩と大胆なデザインを手がけました。
代表作の一つが「ピッコロ」です。
筆で描いたような不均一なストライプは、一見すると単純な柄に見えますが、色の組み合わせや重なりによって、豊かな表情を生み出します。
1953年《ピッコロ》を使用した1956年《ヨカポイカ》。《ヨカポイカ》とは「すべての少年」を意味する
そして1956年。このピッコロを使った「ヨカポイカ」シャツが登場します。
もともとは男性向けのシャツとしてつくられたものですが、性別にとらわれず着られるアイテムとして長く愛されることになりました。
性別によって服を決めるのではなく、自分が着たいものを着る。
ここに、マリメッコの重要な考え方があります。
マリメッコが提案したのは、「きれいに見える女性」のためだけの服ではありませんでした。
自分らしく、自由に生きるための服だったのです。
続いて、マリメッコを象徴する数多くのプリントを生み出したのが、マイヤ・イソラです。

イソラは自然や身近な生活の中にモチーフを見つけ、それをそのまま写し取るのではなく、大胆な形へと置き換えていきました。
フィンランド語で「石」を意味する「キヴェット」は、丸みを帯びた不揃いな形が大胆に配置されています。
1959年《キヴェット》
アトリエの庭に積まれた石がそれぞれに違う形をもつことに気づき、一つずつ切り絵を作り、表現したそうです。
「カイヴォ」もまた、水を汲むとき水面に生まれる波紋からインスピレーションを得たという代表作の一つ。
1964年《カイヴォ》
生活の中に息づく自然。それをそのまま写生するのではなく、形やリズムを見つけ出し、新しい構成へと組み直す。
それがマイヤ・イソラによるデザインの大きな魅力でした。
1964年。マリメッコを象徴する模様、「ウニッコ」が誕生します。
1964年《ウニッコ》
フィンランド語で「ケシの花」を意味するウニッコ。この花柄が生まれた背景には、ユニークな経緯があります。
当初、創業者のアルミ・ラティアは、花を写実的に描いたプリントをつくらないという考えを持っていました。
自然に咲く花の美しさや生命力を、布の上に再現するのは難しいと考えていたからです。
しかし、花というモチーフに惹かれていたマイヤ・イソラは、大胆な花のプリントを次々と描きます。
その中から生まれたのが、ウニッコでした。
鮮やかな色彩で大きく描かれた花は、従来の「花柄」とはまったく異なるものでした。
アルミもその独自性を認め、コレクションに加えることを決めます。こうしてウニッコは、1964年の誕生以来、マリメッコを代表する柄となりました。
ウニッコは、マリメッコが大切にしてきた「既存のものにとらわれない」という精神を、もっともわかりやすく形にしたデザインなのかもしれません。
1960年代のマリメッコを語るうえで、忘れてはならないのが「タサライタ」です。
1968年《タサライタ》ヒッピー・ムーブメントや学生運動が活発化する中、新たな若者文化とともに誕生した
アンニカ・リマラが1968年に発表したこのデザインは、ジーンズに合わせて年齢やサイズ、性別にかかわらず楽しめるコットン・ジャージーの服をつくろうという発想から生まれました。
ボーダーという、ごくシンプルな柄。
しかし、そこに込められていたのは、特定の人のためだけではなく、誰もが自由に着られる服を届けたいという思いでした。
ウニッコが既成の花柄から自由になるデザインだとすれば、タサライタは、誰が何を着るのかという境界から自由になるデザインだったのです。
1970年代には、その大胆なプリントが暮らしのさまざまな場面へ広がっていきます。
その流れを語るうえで欠かせないのが、脇阪克二です。
1975年《カリッカ》
マリメッコで活躍した初の日本人デザイナーでもある脇阪は、1970年代の「ブーブ」をはじめ、遊び心のあるプリントを手がけました。
1975年 コレクション《リトル・ピープル》製品より図案《ブ ブー》
おもちゃの車を思わせるモチーフなど、親しみやすくユーモラスなデザインは、服地だけでなく、さまざまな製品にも展開されました。
食器やバッグ、タオルなど、マリメッコの柄は少しずつ生活の中へ入り込んでいきます。
ここで、マリメッコの「自由」という考え方は、さらに広がります。
自由なのは、服を着る身体だけではありません。
どんな空間で、どんなものに囲まれて暮らすのかを自分で選び、デザインする。
マリメッコは、ファッションブランドから、暮らしそのものを彩るブランドへと成長していったのです。
さて、マリメッコは実は、順調な成長だけで続いてきたわけではありません。
1979年、マリメッコのクリエイティブを形づくる大きな存在であった創業者アルミ・ラティアが亡くなります。
偉大な舵取り役を失ったマリメッコは経営面で苦しい時期を迎え、1985年にはAmer Groupの傘下に入ります。
1950年代、戦後のフィンランドに「自由で創造的な生活」をもたらそうと始まったマリメッコ。
その理念を、創業者亡きあと、どのように受け継いでいくのか。
ブランドは大きな課題に直面していました。
そのマリメッコを立て直したのが、女性経営者キルスティ・パーッカネンです。
1991年、彼女が率いるWorkideaがマリメッコを買収します。
パーッカネンが取り組んだのは、マリメッコがこれまで生み出してきたデザインを大切にしながら、ブランドの本質をもう一度見つめ直すことでした。
過去のプリントを掘り起こし、名作を新しい形で紹介する一方、デザイナーの創造性を重視し、新しい才能も迎え入れていきます。
こうしてマリメッコは再び注目を集め、1999年には株式市場へ再上場します。
マリメッコの再生は、名作が持つタイムレスな魅力とともに、ブランドの理念を次の時代へつなぐ経営の重要性も示しました。
現在もマリメッコは、新たなデザイナーたちによって、新しいプリントを生み出し続けています。
その一人が、マイヤ・ロウエカリ。
代表作の「シィールトラプータルハ」は、花や野菜がひしめく市民菜園を描いたプリントです。
2009年《シィールトラプータルハ》
2009年に発表されたこのデザインは、都会の中心から、花や野菜があふれる市民菜園へと向かう物語を、力強い線で表現しています。
そこにあるのは、身近な生活の中から面白さや美しさを見つける姿勢。
1950年代にアルミ・ラティアが掲げた「自由で創造的な生活」という思想は、時代を超え、現在も新しいデザイナーたちへと受け継がれているのです。
マリメッコは、服だけでなく、カップや皿といったテーブルウェア、クッションやカーテンなどのファブリックまで、部屋を彩るさまざまなアイテムを送り出しています。
2003-09年《ウニッコ》の図案が展開された様々な製品
長く暗い冬を過ごすフィンランドの暮らしに、鮮やかな色や大胆な柄を取り入れる。
毎日使うものだからこそ、そこに美しさや楽しさを加える。
マリメッコの柄が長く愛されてきた理由の一つは、そんな暮らしとの近さにもあるのではないでしょうか。
そして興味深いのが、日本との相性です。
マリメッコは日本でも長く親しまれてきましたが、ここで思い出されるのが、「用の美」という言葉です。
ただ実用的であるだけでもなく、特別な芸術品として眺めるだけでもない。
日々使うものの中に美しさを見出し、生活の中で大切に使う。
そうした日本の民藝の考え方と、日常のためのデザインを追求してきたマリメッコには、通じるところがあるのかもしれません。
マリメッコの歴史とデザインを振り返ってみると、ウニッコの花柄は、単なる「人気の花柄」とは違う姿をみせてくれます。
周りと同じような装いをしなければならない。
女性はこう見えなければならない。
花はこうでなければならない。
そんな無意識のうちにとらわれている決まりごとから解き放たれた、「自由」の象徴なのではないでしょうか。
本書は、マリメッコの歴史とその間に生まれたデザインが豊富に掲載されており、ブランドや模様に込められた精神を、より立体的に感じることができます。
美術展やお店に行く前に、一度手に取ってみるのはいかがでしょうか。